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                                          コラム

タイトル 日付
祈り 2009/12/01

道すがらまたは、電車の中でも喧嘩を目撃したらどうしますか?

喧嘩している人達からは怒りのエネルギーが噴き出ていて、そのあたりってイヤーな空気を感じたりしますよね。
でも、ほっとくと今にも殴りあいや大きな傷害事件になりそうな勢いです。
何とかしたいけど、怖いし・・・私はそんな時やっている事があります。それを今回はご紹介したいと思います。

まずはここから。

以前読んだ本の中で印象に残っている部分があります。
ずっと前に読んだので正確ではないし私の解釈で覚えている事ですがこんな内容でした。

ある女性が運転中に交通事故にあい女性は肉体を離れました。そうすると色んなモノを感じ始めます。

それはその事故現場にいる人々の思いです。

「どんな悲惨な状態か見てやろう」「私でなくて良かった」「急いでいるのに何てこった」
「車がペシャンコだ 勿体ない」そんな思いというかエネルギーを感じ取っていました。

そんな中どこからか、何ともいえぬ柔らかい優しさに満ちた光が送られ自分が癒されているの
に気付きます。その光の方に意識を向けると何台か後ろの車の中で、
彼女の為に祈っている女性がいたのです。
後日、肉体に戻る事になった彼女はその時覚えていたナンバーから祈ってくれた彼女を探し出し会いに行って驚かせた。

こんな内容だったと思います。

これを読んで私たちは祈る事でも人の為に出来る事があるんだと教えてもらいました。
無力ではないんですね。

祈るというと<喧嘩が収まりますように>とか<和解しますように>と祈りたくなりますが、
そこで喧嘩をするという事はやはり意味のある事でもあるのだと私は思うのです。
私たちには計り知れない計画が存在しているのですからね。

どんな人でも愛と恐れ両方を持っています。
私たちは自分で瞬間瞬間にどちらを選択するかを選ぶ事が出来る存在です。
喧嘩をしている人たちは、今は愛よりも恐れが強く出ているだけで愛の存在を忘れているだけなのです。
だからその時愛を感じることが出来る人がフォローしてあげればいいんじゃないかと思います。

だってほっといたらしなくても良かった学びを繰り返す事になるかもしれないから。

喧嘩に対する私の祈りのイメージは子供っぽいですがこんな感じです。
裸で喧嘩をしている二人に愛ある人が二人が風邪などをひかぬように、
周りでストーブなどで暖をとって温めながら、二人の中にある愛の部分を早く思いだしてくれたらな〜って思いながら
二人を信じ見守るってイメージです。

愛のこもった食べ物や暖かく自分を癒してくれるものが自分の周りにあれば、恐れから来る怒りの中で翻弄しているよりも
早く温まった方が気持ちいいよな〜馬鹿らしいしと本人が選択すると思うからです。
その暖かく自分を癒してくれるものが私のイメージする愛のエネルギーです。

外に感じる愛のエネルギーと同じものがその人の中にも枯れる事のない泉としてあるのですから、
早く自分の中の愛に気付き選択できるように愛で囲ってしまうのです。

で、私がやっている方法です。

1、まず自分の中の愛のエネルギーを増幅させます。対象物があるとやりやすいので最愛の
  ペットに注ぐ愛しさでも子供への無条件の愛でも、自分が幸せ〜って感じる時に
  出てくるエネルギーを思い出します。

2、それに色を付けます 大体ピンクとか紫が多いんじゃないかと思いますが、
  自分の愛のイメージの色なので何色でもOKです。

3、それをモクモクと大きくして、喧嘩している二人を包んでハイ終わり。簡単です。
  付け加えるなら 「あの人達に最善が起こりますように」 とアファメーションします。

後はその人達を信じて立ち去るだけ^^

いつかの私の行動

あっあそこで喧嘩してる 
何かやばそうだな
よし
マゼンダピンクのエネルギーで包んじゃおう
(とても暖かな優しいエネルギーがジワジワ二人の中に浸透するイメージだんだん顔が穏やかになってきたとイメージする時も)

意識だけを使うので 見ないし足も止めません。
でも、通り過ぎても電車に乗ってもちゃんと届きますよ。

子供に愛のない怒り方をしているお母さんを見かけたときも祈ります。

でも、どんな時もその人達を責めてもいけないし、自分の物差しでこうなりますようにとは願い
ません。ただただ愛のエネルギーで包みます。そして、その人達に最善が起こりますようにと
祈ります。
だってその人は自分で気付く力があるのだから。

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